舞台はフィリピン、マニラ。人口約1,000万人の大都市。


マリアの家族

マリア(6才)は、2人の兄、ジョエル(12才)とアラニオ(16才)、そして父との4人家族。母は行方不明である。
彼ら家族はこの大都市の片隅で路上生活をしている。
父は、ペディキャブと呼ばれるサイドカー付き自転車の運転をしていたが、事故を起こし仕事ができず、酒に溺れる毎日を送っている。
この家族は、子供たちのわずかな収入で辛うじて生きながらえている。捨てられた野菜を拾ってきては煮て食べる。物乞いをする。
長男のアラニオは、新聞を売り、駐車場で見張りの仕事をする。四人が食べて生きていくのは容易ではない。
マリアはことあるごとに、決して手元から離さない人形のパトリシアに話しかける。彼女にとってこのパトリシアは、自分の分身であり、今はいない母であり、友達でもあるのだ。

それでもマリアは幸せを感じている

夕闇の中で、四人の家族は身体を寄せ合い貧しい夕食の時間を過ごす。
粗末な食事を丁寧に分け合いながら、それでも楽しく話し、笑みを浮かべて食べる時、マリアはほのぼのした幸福感に満たされる。
それがすむと、四人は歩道をベッドにして眠りにつく。
屋根はなくとも、この路上の一角は紛れもなく彼らのホームなのである。

“路上の先生”ブッチが気にかかること

ストリートチルドレンの画像 ブッチは教師をしながら、ストリートチルドレンたちが生活する通りを毎日見て回り、食べ物を与え、話を聞き、相談に乗り、道端で勉強を教えている。
実は彼自身もかつてはストリートチルドレンであったのだ。
子どものころ一人の男性が度々やってきては食べ物をくれ、色々な相談に乗ってくれた。そして施設に入り、規則正しい生活をして、学校にいくことをすすめられた。
「あのおじさんはいったい誰なのだろう?」ブッチが、彼が牧師だということがわかったのはずっと後のことであった。
彼は子供たちを見ていると、まるでかつての自分を見ているようでとても放っておけないのである。
だから毎日毎日こうして、彼らの顔を見ずにはいられないのである。

アラニオはどうしていいのか わからない

アラニオの画像 アラニオは混沌の中にいる。
新聞を売り、駐車場で働き、家族と路上で食事をして眠る。それでいいような気がする、でもいけないような気もする。
ブッチに勉強することをすすめられる。教科書を買う金もない。勉強は嫌いではない、でもそんなことはどうでもいい気がする。
自分はいったいどこにいるのか?どこへいくのか?これがアラニオの青春である。

ジョエルこそ子供の中の子供

元気で、気楽で、明るく、ちょっと利かん気だが、妹のマリアにはとても優しい。
勉強はあまり得意ではないけれど、絵を描くことが大好きだ。ジョエルこそ子供の中の子供と言えるのかもしれない。

ひとつの事件が彼ら家族の人生の歯車を回し始める

マリアとジョエルの画像 父親は自らの不甲斐なさを乗り越えようと、かつてしていたペディキャブの運転を再開しようと画策する。
しかしその結果は、この家族の運命を思わぬ方向に導いてしまう……
製作:©2007年「マリアのへそ」製作委員会